インプラントの予後

 インプラントは異物である金属体を骨の中に埋め込みます。異物である金属は骨と結合することないといわれていますが,ほとんど隙間のないレベルで骨と接します(臨床的にはくっついていると言って問題ないほどです)。これで金属体はどの程度この状態で骨の中にあるのでしょうか? その答えを出す前にもう少し考えてみたいことがあります。このインプラントは天然の歯と全く同じ状態なのでしょうか?

 左が天然の歯が健康なときの模式図です。 右がインプラントが骨内にあるときの模式図です。

 大きな違いは歯と骨の間には一層の膜(歯根膜があることです。この歯根膜,いろいろな役目をしているようです。ひとつはクッションの役目です。歯根膜には感覚受容器がありますので,噛む力が一定以上強く加わると緩めるように反射がおこります。実は人の噛む力は思った以上に強く,この反射機構がないと歯や周りの組織が壊れてしまうほどです。

 インプラント周囲にはこの歯根膜は存在しません。ですから,噛む力は直接骨に伝わることになりますし,反射機構が存在しないことになります。しかし,人の体はうまくできているものでしてインプラントでしばらく噛んでいると,この歯根膜に備わっている反射機構の代わりを骨と顎の筋肉で上手にやってしまうようになるようです。また,もう一つの歯根膜の大きな役目として感染防御・組織修復のための細胞供給があると言われています。「歯周病のお話」という欄で詳しく取り上げていますが,歯周病は細菌による感染症です。この細菌との戦いに歯根膜はとても重要な働きをしているようです。歯周病は歯の周りに細菌感染が起こる病気ですが,実はインプラント周囲にも同じような病気(感染)がおこります。インプラント周囲炎と呼んでいます。歯根膜を持たないインプラントと天然の歯・・・どちらが感染しやすいのだろう?ということになりますが,この問題についてはまだ明確な答えは出ていないようです。

 ただ,インプラントには天然の歯に存在する歯根膜というものがないということで環境的にはかなり違った存在であるということがおわかり頂けるでしょうか?

 もう一つ,考えてみたいことがあります。骨という組織は活発にリモデリング(新しいものに置き換わっていくこと)を繰り返している組織です。「破骨細胞」という細胞が古くなった骨を吸収し,「骨芽細胞」という細胞が破骨細胞によって吸収された部分に骨を添加していきます。健康な状態ではこの「吸収」と「添加」のバランスが均衡を保っているわけです。ある文献によりますと,骨のリモデリングは成人男子の場合で120〜150日で一サイクルするといわれています。ですから半年も経てば骨は以前の骨ではなく,新しい骨になっているわけです。では,インプラントと結合しているようにみえる部分の骨はどうなのでしょう??リモデリングはしているのでしょうが詳細な代謝メカニズムはまだ明らかではありません。

 このように,インプラントを取り巻く環境について未だ詳細に説明ができない部分も残されています。ですから,「分子メカニズム的根拠の上でインプラントの寿命は○○年です。」とは説明できないのが現状なのです。その為数年前までは,歯医者さんのなかには「インプラント治療はいまだ発展途上の未完成な治療方法であり一般の方に用いるべき治療ではない」と反対なさる先生もいらっしゃいました。最近ではさすがに反対をなさる先生はほとんどいらっしゃらなくなったように思いますが,インプラント治療を取り入れている歯科医院と取り入れていない歯科医院があるのは上記のような理由もあると思われます。インプラント治療が是か非かということになりますと,それぞれの先生の考え方や治療を受けられる患者様の考え方にもよってきますので,ここではこれ以上追究しません。しかし,様々な情報を仕入れた上で判断すべきことには間違いないと思います。

 では,実際現在使われているインプラントはどの程度の寿命があるのでしょう?

 全てのインプラントではありませんが,大学病院などで行われたインプラント治療についてその後どうなったかを追跡調査した論文はいくつか出ています。それぞれ追跡の仕方が多少異なりますし,成功不成功の判断基準も少しずれていますので一概に言えませんが,ほとんどの報告が95%以上のインプラントが5年以上機能しているという結果を出しています。この追跡調査結果が今現在皆さんに提供できる唯一の客観的評価になるかもしれません。「95%」これは論文の中でも低い方の数字を取っていますが,これを信頼のおける数字と見るか,あるいは5%も失敗があるなんてとんでもないと見なすか・・・
 しかしこの数字にもマジックがあります。例えば骨の状態がよく,ほぼ確実にうまくいくインプラント10本の経過と,骨の状態はよくないけれどけれど敢えてインプラントを入れてみた10本の経過では結果が異なってきますよね。追跡調査がそれをどこまで含んでいるのかを判断しなければならないはずです。

そして予後には当然患者さん本人のメンテナンスも大きく影響してきます。長くなりましたのでこの続きはまた次回ということで・・・