歯のないところに歯を作る その2(現在までの経緯)

 骨の中に人工物を埋め込み 失われた歯の代わりとする・・・古くは古代ローマ時代にも行われていた形跡があります。ヒトが考えることは太古の昔から同じなんだなあと感心してしまいますが,現代 版インプラントが歯科医療で提唱されはじめたのは1900年初頭位からだといわれています。しかし,そこには大きな問題がありました。
防御機能をどうするか?
 手の指などに木のとげが刺さったことはありませんか?「とげ」がすぐ取れるにこしたことはないですが,取れなくともやがてその周りが膿んできて,徐々に外に出てきたという経験をされた方は多いのではないかと思います。そう,歯周病のコラムでも再々登場するヒトの防御機能です。 人の体には異物(侵入物)を排除しようとする働きがあります。ウィルスなどの非常に小さい 侵入物は防御細胞が取り込み排除します。では細胞が取り込むことのできない大きな物はどうするのでしょうか。人の体は異物の周りを上皮で包み込みながら少しずつ外へ外へと追いやっていこうとします。「とげ」が外に出てくるのはこの為です。もしも,外へ追いやることも不可能であればその異物を完全に肉芽組織などで取り囲みその部分だけは外界と同じ環境にしようとします(被包化という現象です)。
インプラントは異物!
 この防御システムは生命の持つ非常に素晴らしい現象です。しかし,インプラントを考えるうえでは障害となりました。インプラントは歯の根っこの代わりになるものを骨の中に埋め込みます。この埋め込んだインプラントは人の体にとっては当然「異物」です。歯の代わりをしてくれる物ですから,本人にとっては「歓迎したい異物」であるわけですが, 人の防御機能に特例は認められません。しかも口の中に飛び出しています。菌の感染には恰好の標的です。この状態で,なおかつ噛むという過酷な状況に耐えなければならない。どうしたら異物として認識されず,人工物を骨の中に埋め込めるか・・・いや,異物は異物ですから認識するのは仕方ないけれど, 排除されずに骨の中にとどまり,噛む力に耐えてくれるにはどうしたらよいのか・・・道のりは平坦ではなかったようです。
異物と共存する??
 試行錯誤の末,ある種の金属やサファイヤと呼ばれる物質が炎症を起こさず体内にとどまってくれることがわかりました。「生体親和性が高い」という言い方をします 。この生体親和性の高い材料を利用してインプラントが行われはじめました。しかし,骨に埋め込んだ材料はやはり骨とくっつくわけではなく,周りは一層の線維で取り囲まれることがわかりました。そう,被包化です。 人の防御機能は材料を積極的に攻撃する事はしなかったわけですが,材料全体を「自分外」と見なして線維で取り囲んでしまったわけです。材料の周りが線維状のものですから,やはり噛むという 「力」を長期にわたって耐えるには難しい状態でした。形態においても様々なものが検討されたようですが,いずれも噛む力に耐えるには難しかったようです。その後,1960年代に「チタン」という金属が線維を介さず骨と直接結合(オッセオインテグレーション)するということが発表され,その特性を用いたインプラントが開発されました。
 チタンが骨と直接結合する・・・これは画期的な発見でした。異物と認識されていないのか?ということになりますが,実は電子顕微鏡レベルで観察すればチタンと骨組織の間に一層の無定形構造物が介在する事がわかっています。つまり 厳密にいうと被包化されていることに変わりはないようです。しかし,臨床のレベルでは骨とインプラント本体が結合しているといっても全く問題ないくらいです。噛む力にも充分耐えることができます。このチタンを用いたインプラントがひとつのブレイクスルーとなり,システム化されたインプラント療法 が世界中に普及していきました。そして現在ではチタンをベースに根っこになる表面を様々に加工した材料が主流として用いられるようになってきています。

では,現在のインプラントとはどんな物なのか・・・次回よりもう少し詳しく見ていきましょう。